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勝海舟神社 [日々散策]

田口計介

 5月28日、丹沢の大山を訪問、今年2回目。
山麓の阿夫利神社社務所内に勝海舟神社があるのを教わった。

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勝海舟神社

 一般に、勝海舟は幕末の江戸城無血開城の功績以後は歴史の表舞台から姿を消している。
 神社の隣の「文化集団 天狗講」の説明によると、海舟は日清戦争、台湾併合、朝鮮侵攻に反対している。当時の薩長政権に対しての勇敢な発言であった。

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解説板

 今日の安倍政権の戦争をもたらす憲法改憲、治安維持法に等しい共謀罪法に対し、地下か天井の海舟は如何に怒ることであろうか。

駒のつく神社を訪ねる(4)~幻になった駒形神社 [日々散策]

北村健治

 駒ヶ岳ファンクラブが2007(H19)年に発行した、改訂『全国の駒名の神社リスト』によると、東京都には、駒のつく神社あるいは高麗・狛・巨摩・漢・蒼前神・惣染神などに所縁のある神社は、駒形神社(昭島・八王子)、駒繋神社、駒留神社、虎狛神社(青梅市には虎柏神社があり、柏は誤記されたものとの解説もある)など8社が紹介されている。
 多摩地区では、すでに訪ねた八王子・昭島のほかに、調布・青梅・瑞穂にも紹介された神社があることがわかり、訪ねてみた。

 瑞穂町には、狭山丘陵の西端部分を囲むように武蔵野台地の緩やかな地形面が広がっている。そのかなり広い地区の一つに駒形富士山という地区があり、以前から駒に纏わる何かがあるのではないかと思っていた。またこの一帯から南西方の狭山丘陵の西端に目を向けると地平線に霊峰富士山を望むことが出来る。
 瑞穂町が1974(S49)年に発行した瑞穂町史を開くと、「駒形という地名について」「駒形明神の成立について」「駒形に於ける近世集落の形成」という項が設けられていて面白く、読んでみた。その概略を以下に記す。
 
 1644₋1947(正保年間)にできた官撰の武蔵国図には、この辺りは広く宮寺となっていたが、1645(正保02)年に地頭(1596-1615慶長年代に赴任)二代目大田正忠の時に、初めて栗原河内守重次が明神の神主を地頭から申し付けられ、その時の書状(誓文)には駒形村の氷川明神となっていて、すでに駒形村は成立していた。大田氏の氏神的性格を持って村人たちに維持されていた。

 1705(宝永02)年の検地帳には駒形、その北側を東へ流れるトシシラズカワ(不老川)の左岸に駒形山下・駒形山・駒形山北添の小字が記入された地図の駒形山の中央に鳥居の記号がある。ここにかつて駒形神社が南を向いて鎮座していたと考えられる。そして北・西側の旧二本木村、南側の旧高根村、東側の旧坊村に囲まれた駒形村が存在していた。

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旧駒形村の小字名など(赤点の辻間が250m)

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25000分の一地形図「青梅」より(赤点の辻間が250m)。方位のずれが少しあるが、道の位置は上図とよく合っている。

 1792(寛政04)年に駒形明神の神主栗原山城の書いたものに、神名は氷川大明神であるが社の辺りの地形が駒の形に似ているので駒形の宮と云い、所もこのゆえに駒形村と名付けた。とあり、駒形の名称は地形から生まれた言葉であると言える。
 これら新編武蔵風土記稿(1824-28、文政07-11)以前の記述は、栗原家文書による。

 時代は替わって明治初年には、この瑞穂町一帯は韮山県・入間県、1872(明治05)年から神奈川県、1893(明治26)年に東京府と転々とし、1958(昭和33)年には旧駒形村一帯は埼玉県旧元狭山村大字駒形富士山から瑞穂町に合併した。江戸時代から存在した各旧村々の鎮守社を駒形山の尾根続きで約1500m西方に1918(大正07)年創建された元狭山神社に合祀することとなり、駒形山にあった駒形神社は消滅した。

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祭礼中の元狭山神社の鳥居(正面奥に本殿)

 この元狭山神社の御祭神を表した額(昭和59年4月15日作成)には、駒形神を筆頭に15の神神が列記されている。

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元狭山神社の御祭神を列記した額

 さて、瑞穂町駒形山(旧駒形村)の散策は、雪の富士山が見える冬から、ミツバツツジやカタクリの咲く4月から5月ころまでが最適であり、JR八高線の箱根ケ崎駅から約2.5kmほどの範囲だから、半日くらいの行程で狭山丘陵の西端一帯や残堀川水源地(狭山ヶ池)などを楽しむことができる。

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南西側から見た、駒形山全景

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南東側から見た、駒形山

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駒形神社はこの道の正面当たりにあった

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木立の中にある栗原宮司の屋敷                        

夜叉神峠 [登山記録]

谷 和代

5月28日、30年ぶりくらいになるではと思う夜叉神峠に行ってきました。

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夜叉神峠の碑と南アルプス

出足が遅かったので、12時10分夜叉神峠着。
上から降りてくる人達は山は見えたり見えなかったりとの返答だったのですが、
運が良かったか、間ノ岳と北岳を見ることが出来ました。

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間ノ岳

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北岳

名残惜しいのですが、高谷山に向かうと山頂手前で富士山が、山頂からは木の間越しに北岳と仙丈も見えました。

高谷山手前で見えた富士山.JPG
高谷山手前で見えた富士山
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木の間越に甲斐駒

出会った花を紹介します。

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エンレイソウ

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ミツバツチグリ

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ラショウモンカズラ

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サラサドウダン

甲斐駒の麓より 2017-05-29 [山麓便り]

平井英明

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甲斐駒定点報告です。
山の雪も少なくなってきました。

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甲斐駒の麓も田植えも終わり、稲もしっかり根付きました。
山々も含め緑のグラディエーションが鮮やかな時期です。

今回は周辺の花々を紹介します。

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あやめやジャーマンアイリスなどが家々の庭先を彩っています。

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庭先のつつじはほとんどが散り、白いつつじも旬を過ぎました。

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3本あるシャクヤクのピンクが咲き出しました。

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畑の隅にはコンフリーの花。家畜の飼料用に持ち込まれた外来種。今は雑草として困った存在です。

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ブルーベリーの花も目立たない可憐な花。ドウダンつつじみたいです。


さて、6月3日は測量の日。
先週には「日本水準原点の一般公開」がありました。
6月4日にはつくば市で地図と測量の科学館を中心にした特別企画があります。
6月7日から9日は「くらしと地図・測量展」が新宿駅西口の地下広場であります。
地図に親しむ機会にしてください。


駒ヶ根だより 2017-05-22 [山麓便り]

北村健治

5月19日は、午前中は駒ヶ根で野良。午後は友人訪問、伊那市長谷公民館「戸台の化石」資料室へ。

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駒ヶ根の山家より、中ア宝剣岳を望む。もう、雪形・島田娘もはっきりと観察できる。

20日は、終日伊那市長谷公民館・ボランティアを募って「戸台の化石」資料室で標本整理作業。

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駒ヶ根市天竜川河岸より、中ア連峰を望む。まだまだ雪が多いですね。

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駒ヶ根市中沢地区より、中ア連峰を望む。田植え後の水田にアルプスも映える。

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伊那市高遠町新山付近より、中ア・駒ヶ岳(前岳・中岳・本岳)を望む。雪形・さがり駒ができ始めています。

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伊那市高遠町新山付近で、群生しているクサノウ


21日は、終日駒ヶ根山家で野良野良生活。

22日は、午前中駒ヶ根山家での野良。夜半には青梅に帰着。



守屋山の花 [山麓便り]

北村健治

5月18日6時半ころ青梅を出立して、杖突峠10時半着。身支度をして、守屋山往復。

足元に咲く野草も数種のスミレを始めとして、ヒトリシズカ・ワチガイソウ・クリンユキフデ・マイズルソウ・エンレイソウなど賑やかになり始めていました。モミジイチゴも満開でした。早々今年もササの花が咲いていました。クサボケもなかなかきれいですね。

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モミジイチゴ

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エンレイソウ(白花か紫花の変種?)

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ヒゲネワチガイソウ

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センボンヤリ

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クリンユキフデ

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クサボケ

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蕾を付けたマイズルソウ

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ササの花

ウマ・うま・馬の百態 その2 [駒・馬の話]

その2 馬であって、ウマではない
田口計介

ケンタウロス:半人半獣(馬)
ポセイドン(ギリシャ神話):青銅のひずめと黄金のたてがみ、海の主神
ネプチューン(ローマ神話):ポセイドンと同じ
トリトン:ネプチューンの息子

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1 バビロニアのケンタウロス bc2000年

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2 ギリシャのケンタウロス bc443年

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3 ギリシャの英雄・アキレスの教育

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4 ローマの郊外オスティア遺跡の浴場の床のネプチューン

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5 同上、小生が5月16日現地を訪問しての写真

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6 トリトン

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7 ミャンマーの博物館の柵のネプチューン

黒部奥山状況・低山徘徊 [登山記録]

木本桂春

今年の黒部奥山の状況をお知らせします。まずは雪形の状況。

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僧ヶ岳の雪形、魚津市の片貝川下流からです。僧の雪形はだいぶ崩れてきました。

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夜明けの越中駒ヶ岳です。駒形も天に登る寸前です。

5月20日、わが入善町の最高峰負釣山へトレーニングです。
      
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頂上から北西に黒部川扇状地が見えます。

今は田植えが終わり、水浸しの状態です。扇状地を右から左へ東京から新幹線が水の上を走ります。しばらくするとオールグリーンになり、黄金の秋そして白銀の世界へと四季はうつろいます。

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頂上から南へ散歩です。夏は花の乱舞する朝日岳です。白馬岳から日本海へ抜ける、中継点となっています。まだまだ雪の中です。

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朝日岳から右に目を転じると白馬岳(上駒ヶ岳)です。右の白馬旭岳の馬形も消え入りそうです。

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黒部渓谷を挟んで右から駒ヶ岳、毛勝山、剱岳です。

剱岳北方稜線とよばれ、宇奈月から剱岳へは雪のある時期にトレースされます。日本でもレベルの高い登攀ルートです。今年は雪が少なかったのですが、雪解けが2週間ほど遅いようです。

根子岳から四阿山へ [登山記録]

                        仲 徳治

お馴染みの百名山・花の百名山。
花は未だ雪の下ですが、麓の真田の里は桜が満開。その先の菅平の桜は未だ未だ。
4月29日は北国街道と上田城を廻り、翌30日菅平登山口の春の始まりから雪の頂上を回ってきました。
29日里は一時夕立、山は少々新雪がありましたが、30日は上天気。

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北国街道の街並み。車が普通に入っており何か違和感が残った。

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真田記念館の人形

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菅平の登山口。周囲に残雪の雪田が点在。

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根子岳頂上。北西に峰の原スキー場

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根子岳から鞍部への岩場

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正面は四阿山、未だ未だ雪の山。

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四阿山への登り

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ダボス牧場からの径の交差点。風の通り道。雪が飛ばされ地肌が見えている。

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四阿山への最後の登り

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四阿山の頂上より根子岳を振り返る。

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四阿山頂上2354m

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四阿山からの下り、2100m(中四阿山)近辺より見た根子岳。

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四阿山からの下り、1917m(小四阿山)近辺。

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下りの森、1630m(大明神沢)近辺。

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菅平の牧場

6:30 菅平の登山口
8:30 根子岳
11:00 四阿山
13:50 菅平の牧場へ下山
案内書より少々タイムオーバー。日常の訓練不足か古希を過ぎた歳のせいかな。

駒ヶ岳神社視察と宮司訪問 & 雪形ウォッチング [会員連絡]

                        湯川喜義
5月6日 午後
駒ヶ岳神社視察と宮司訪問
 田口、木本、湯川

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本殿
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神楽殿
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神符
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徳原宮司に話を聞く田口会長

・宮司家の家譜
・駒ヶ岳神社の神紋
・曾祖父の長州征伐の時の陣笠 など
 田口さん作成の研究資料の裏付けを取るなどのために訪問したが、直接本人に会わなければ聞けない話を聞くことができた。

第22回雪形ウォッチング[主催:国際雪形研究会・雪氷学会北信越支部]
 参加84人(うち、KFCメンバー:田口、木本、谷、石橋夫妻、湯川 計6人)
・その道の研究者、興味を持った若い夫婦やグループ、孫を連れたジジババなど多彩
・初めての参加者は 約1/4
・雪形という特性から、東日本からの参加者が殆ど
 
5月6日 
 18時~ 交流会(夕食)
     各自、自己紹介
 20時~ ミニシンポジウム
    ・次回開催地の招致プレゼンあり(大白川、山梨、スイス、チリ)
    ・木本さん、田口会長 発表あり
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木本さんの発表

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田口さんの発表

    ・各個人や会などから、研究発表や余興などあり
    (大玉の氷と小玉の氷の溶け具合の研究・雪形の絵の作者・海外には雪形という概
     念が無いらしいとの旨の発表・子どもによる皿回しなど)
    ・飲物、つまみ等の差し入れ多数

5月7日 快晴 但し 黄砂ありスカッとした青空は見えず
    ・雪形観察ルート  (大型バス2台、乗用車14台)MyPhoto201705100309_0007.jpg
     ①御嶽中腹 十二権現  御嶽の種まき爺さん 1人目
     ②王滝村中心部     木曽駒の横の麦草岳の蛇頭(ガスで見えず)

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     ③開田高原西野     御嶽の種まき爺さん 2人目
     ④開田高原木曽馬の里  御嶽の種まき爺さん

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     ⑤日義道の駅      木曽駒ヶ岳の駒、茶臼岳の白鳥
     ⑥木曽駒高原森林公園  昼食
       (木間に木曽駒ヶ岳を望む、ハナモモが満開)

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      ⑦三岳道の駅      木曽駒の横の麦草岳の蛇頭
    ・里は、サクラ、ハナモモ、レンギョウなどの花盛りで盛春
    ・次回の開催場所は、後日、委員会を開いて決めるとのこと
                                      以上