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駒のつく神社を訪ねる(3)~長谷にあった駒形社 [日々散策]

                        北村健治

 駒ヶ岳ファンクラブが2007(H19)年に発行した改訂『全国の駒名の神社リスト』に記録されている駒名の神社は、青森県が76社と最も多く、次いで岩手県に46社、長野県には43社と三番目に多い。
 その記録の(14)に駒形社:伊那市長谷非持山とあるが、国土地理院の二万五千分の一地形図には、三峰川支流山室川に南東方から注ぐ駒形沢の名前を読むことができるだけで、神社や祠の存在はほとんど忘れられている。
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旧県道にかかる橋の下流側の橋柱に「駒形沢川」の表記。

 かねてより伊那市長谷には東(甲斐)駒ヶ岳の信州側の登山口としての歴史もあり、駒形神の祀られている神社が存在するであろうとは思いつつ、改めて資料を見ることもなかったが、機会があって2003(H05)に発行された長谷村誌第一巻民俗編・人物編を開くと、第7章説話第1節史話の部分に「駒形の森」(比丘の長者)という項がある。

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西(右)へ流れる駒形沢の右岸尾根に「駒形の森」があったと思われる。手前はタカトウコヒガンサクラが満開。

 比丘の長者の伝説、牧場の存在、馬の病気や安全を駒形権現大権現を祀り祈願のため近世まで駒形神社のお祭りがあった。そののち樹齢300年余の巨木の茂る森のみが昭和期まであったが、第二次世界大戦時に供出させられて、今は県道改修による「駒形新道」、駒形沢の右岸尾根に昭和42年再建の「白山天女命」の石碑だけとなり、非持・非持山地区の役員有志による細やかなお祭りが続けられている。
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「明日を拓く 駒形新道」県道改修記念碑。

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右岸尾根には、約20基の馬頭観音などの石像佛に囲まれて、中央に昭和42年再建とある石柱(下の写真)。

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「白山□女命」との刻字が読めるが、「しらやまひめのみこと」のことと思われる。

旧県道には「駒形沢橋」も現存し、尾根に上がると四等三角点863.3mも見つかった。
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上流側の橋柱に「駒形沢橋」の表記。
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863.3mの四等三角点を確認。

 さて、この一帯(中非持から非持山)を歩いてみると、山室川左岸の800~900mにかけての緩やかな段丘状の地形に耕作地(水田や畑地)が広く維持されている。地形図を見ながら改修された県道「駒形新道」の山側へも足を運んでみると、かつてはかなり広い耕作地があった思われる形跡が残っている。尾根筋の見通しの良いとこらからは、はるかに中央アルプスの西(木曽)駒ヶ岳連峰を望むことができる。

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西(木曽)駒ヶ岳の雪形を遠望。

 この地域を歩くには、伊那市高遠町から徒歩往復約2時間~2時間半、高遠町の東の山塊である月蔵山1192.0mを一回りするように歩くと約3時間半~4時間くらいでしょうか。途中には高遠ゆかりの大奥女中「絵島」の史蹟(屋敷・屋敷跡・墓・遠照寺・池上家位牌堂)などもを合わせて廻ることもできる。

足柄古道 [日々散策]

                        田口計介
 4月27日、丹沢山塊の矢倉岳(870m)から足柄峠(759m)へ下り、足柄古道を歩いた。
 当日は矢倉岳登山口で男女3人、山頂で男性1人と山で会ったのは4人のみ。
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 足柄峠は奈良時代に開かれたメインロードで、徳川家康が箱根峠を開くまで続いた。そして矢倉沢往還となる。

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 古道は道幅が1mくらい、ゴロ石を散りばめる。
 足柄万葉公園には、万葉集の防人に関わる和歌が多数。東北のおのこ(防人)がこの道を歩き、遠く壱岐、対馬まで出かけたのである。

白銀の荒島岳 [日々散策]

                        栗山謙三

4月2日に地元のハイキングクラブで青春18切符を使い福井の里山に行って来ました。CIMG2091.JPG
白銀の荒島岳遠望

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まだカタクリ&福井市内の足羽川(あすわがわ)の桜も早かったのですが、
白銀の白山など展望できました。
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しだれ桜見物 [日々散策]

いわき市のしだれ桜
                        竹中昌子
 4月12日に、いわき市小川町の諏訪神社の「しだれ桜」を見に行きました。以前望年会登山を計画したものの、雨天で中止した『二ツや山』に行く途中にあります。

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 満開一歩手前ですが、ひとつも落花がないのも、見応えがありました。小さな神社の境内ですが、年々花も、見事になっているようです。栃木ナンバーの大型観光バスも来ていてびっくりしました。

瑞穂町「花多来里の郷」 [日々散策]

カタクリの群生
                        北村健治
 4月5日昼過ぎに、自宅を出て、瑞穂町元狭山神社を訪ねるために3時間ほど、散策しましたが、途中で瑞穂町「花多来里の郷」訪ねまして、ほぼ満開のカタクリを観察してきました。

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保護地区内一面に咲き始めたカタクリ群落

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株立ちになったカタクリ

 白花の珍花も3輪もあって、世話役の地元のおじさんおばさんも大騒ぎをしていました。JR箱根ケ崎駅から20分ほどで狭山神社の北側にあります。今週来週くらいは、見ごろです。

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白花カタクリ

 このあたりでは各種のサクラも咲き始めて、多摩川べりや狭山丘陵などの散策には、実に良い時節と言えるでしょう。
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咲き始めたソメイヨシノ

ニリンソウがきれい [日々散策]

春ですね!
                        谷 和代

4月2日、鷹取山から三浦郡葉山町の境橋へ散策。
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ニリンソウ

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鷹取山の磨崖仏とハナダイコン

盛金富士のイワウチワ [日々散策]

盛金富士(340.7m)
                        谷 和代

3月29日 水郡線下小川駅下車、盛金富士にイワウチワの花を見に行きました。
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久慈川からの盛金富士

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盛金富士山頂

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山頂付近のイワウチワ

山頂付近にイワウチワの群落がありましたが、まだ早かったのか花は少ししか咲いていませんでした。
山頂からは、久慈川の向こうに奥久慈男体山を見ることができました。

駒のつく神社を訪ねる(2)~昭島市大神町の駒形神社 [日々散策]

昭島市大神町の駒形神社
                              北村健治
(先にupした記事を補足改訂し以下に替えます。北村)

 『駒ヶ岳学講座シリーズ(1)全国の駒名の神社リスト』では、東京都の5番目に記されている。昭文社発行の『でか字まっぷ東京多摩』には古刹観音寺のみが記されているが、同社発行の『エリアマップ東京区分地図』の第35図昭島市をルーペで見ると、大神町三丁目に観音寺と並んで、多摩川左岸中位段丘崖の上に駒形神社と記載されている。

 3月23日(木)晴天、ソメイヨシノの蕾の膨らみを観察しながら、9時半ごろ昭島駅南口を南へ向かって歩き始めた。日枝神社の辺りで緩やかな立川(上位)段丘崖を感じながら、八高線踏切を渡り、奥多摩バイパスを越えると、間もなく観音寺と駒形神社の木立の北側の横町にたどり着いた。昭島駅から真南へ約2km、徒歩30分ほどである。

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 南側の奥多摩街道に回ると、銅装の立派な神明鳥居と、脇に「昭和三十七年九月節句・当所氏子小室豊造」と刻字された御影石が建っている。隣の観音寺と同様の金網製垣根に囲まれた広い境内には、ケヤキ・サクラ・イチョウ・シラカシ・サワラなどの古木に守られるように、灯篭・幟立・狛犬各一対(平成元年一月吉日建立)ほか神明造りの拝殿本殿、数社に及ぶ合祀諸宮などが配置され、神輿庫、山車庫、倉庫、社務所を兼ねた地区自治会館らしい建物、トイレなども完備されている。現在の例祭は7月下旬の日曜日とのこと。
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 広い境内中央南向きの拝殿には「駒形社」の額、その奥に覆屋のある本殿が鎮座する。
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 本殿の右手奥には、御嶽神社、金比羅宮・第六天神社・天満宮・稲荷神社・津島神社を覆屋付きで合祀し、本殿西側には朱赤の鳥居の奥に稲荷大明神が祀られ、脇に奉納「水田一反四畝十六歩(14アール余)昭和14年2月初午・当所小室克博豊造」の石碑、南・榛名山大権現、東・秋葉山大神、北・愛宕山大権現、西・駒大明神稲荷大明神と刻字された頭のない古い石柱が残っていた。
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 他にも境内には古い石碑か石柱などの破片も見られる。

 この神社は、水沢市の駒形神社を惣社として、大己貴命(おおなむちのみこと:大国主命)・小彦名命(すくなひこなのみこと)・天児屋根命(あめのこやねのみこと)を祭神とする稀有な存在であるが、惣社同様に馬を保護し、馬の病気を治癒させる霊験により人々の信仰が厚く、江戸時代には旧大神村の鎮守社でもあった。創建年代は不詳(板碑などから鎌倉期?)ながら、当社の前身であった神明社は、永禄12(1569)年武田軍の滝山城攻めの折に東勝寺(観音寺の前身)とともに兵火で焼かれ、天正18(1590)年(棟札より)、慶長8(1603)年権大僧都広栄法印による観音寺創建時に守り神であった駒形社も創建され、慶長18(1613)年多摩川の野火で焼失し、元禄13(1700)年再建、宝暦12(1762)年修復、慶応2(1866)年本殿修復、の記録がある。
 明治元(1868)年神仏分離令により、観音寺と分離され村人管理となり、昭和5(1930)年には拝殿が再建され、昭和50(1975)年神輿復元・祭礼振興会結成、昭和51(1976)年駒形囃子連結成、昭和52(1977)年本殿・拝殿をの修復、平成11(1999)年山車新造、平成13(2001)年万灯神輿新造、平成18(2006)年から祭礼灯篭を百十数基新設、など神社行事もますます盛大となり現在に至る。観音寺に遺る絵馬には、「奉納駒形大明神」文久元(1861)年の記録があることからも武州西部に多くの信者がいたものと考えられる。

参考資料:『昭島市史 附編』 昭島市史編さん委員会 昭和53(1978)年11月1日発行
    :「駒形神社」の概要 などを参考とした。



春の花だより [日々散策]

我が家の庭に春の訪れ
                       谷 和代

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3月13日に高尾山日蔭沢でハナネコノメを見ました。
それからお彼岸を過ぎると我が家の庭(横浜市栄区庄戸)には
もう春がたくさん訪れだしました。
3月24日の様子です。

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ユキワリソウ

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オキナグサ

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シバザクラ

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桃の花もほころびました。

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チューリップの蕾も少し色づいてきました。

駒のつく神社を訪ねる(1)~八王子市高月町の駒形神社 [日々散策]

北村さんの散策ウォッチにあらたなテーマ「駒のつく神社」登場です。

駒形神社を訪ねる
 『駒ヶ岳学講座シリーズ(1)全国の駒名の神社リスト』を開くと、東京都にも6社が紹介されている。その中に八王子市高月町の駒形神社というのがある。昭文社発行の『でか字まっぷ東京多摩』を開くと、第60図にその位置を確かめることができる。
 3月17日は快晴で風のない静かな暖かい日であったので、八王子市高月町へ出かけたついでに、高月町滝地区を歩いてみた。駒形神社は、滝地区の北端の、八王子市加住町へ抜ける旧道が通る小さい沢の南側(右岸)にあり、参道を入るとほぼ南東を向いたコンクリート製の鳥居の奥に本殿が鎮座していた。
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 近くに住む氏子の澤井重徳さんに伺うと、滝地区の鎮守であり、昔はずっと南の田園地帯の端に鎮座していたが、農地整理と災害を避けて現在地に移転したとのことである。台風の強風による倒木で本殿が被災して、仮再建による現社殿だとのことであった。
 鳥居から向かって右手に、天王社と薬神社の小さな祠が並んでいる。神社の謂れや駒形の名前の謂れはよくわからないそうだが、「付近の地形が馬に似ているので」という聞き伝えもあるとのことだった。
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 交通は、JR五日市線東秋留駅より(南南東へ約2.3㎞)徒歩で約40分ほどかかる。