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甲州路の紅葉いろいろ [日々散策]

谷 和代

11月12日に山梨に行ってきました。天候に恵まれ綺麗な紅葉を見ることができました。

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名勝猿橋
少し色づいていました。

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恵林寺の庭園
12日は武田信玄の月命日で普段は見せないお墓も公開されていました。

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河口湖の紅葉回廊
たくさんの人でした。

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同じく紅葉回廊

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竜頭の滝 [日々散策]

谷 和代

紅葉の綺麗な竜頭の滝

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(画像をクリックして拡大してご覧ください。)
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日光の紅葉 [日々散策]

谷 和代
10月13日日光の紅葉を訪ねました。

吊り花
吊り花IMG_1784.JPG

湯滝
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湯滝上の紅葉
湯滝上の紅葉IMG_1760.JPG
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赤城山荒山高原十字路山行 [日々散策]

石橋清美     2017/9/3
 
 久しぶりに青空が広がりました。赤城駒ヶ岳に行こうと赤城温泉から小沼を抜ける道に車を走らせました。ところが、災害のため通行禁止になっていました。せっかく来たので、赤城温泉から関東ふれあいの道に入るコースを歩くことにしました。

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関東ふれあいの道 道標

 登山口には「熊に注意」とあります。こわごわと鈴を鳴らしながら、急な階段を下りてまた急な登りを行くと、あたり一面ささやぶで草こぎをするほどになっていました。今年の夏は雨ふりばかりでしたので、この道を行く人が少なかったと思われます。しばらく行くと雑木の中に松林がありますが、根っこが伸びていて段差を作っています。高いところでは50センチ以上もあるでしょうか。行きは目の前に段差が現れるので何とか超えて行きましたが、帰路には急な段差に気が付かずに躓かないか心配でした。笹の中の道跡をたどって歩きます。見るとズボンに笹の葉や青虫がくっついていました。それを払いながらの前進です。
 花は咲いておらず、枯れた枝が体にまとわりついたり、大木が道を阻んだりしています。枝は払いよけて行きましたが、大きな幹はくぐることが大変なので大回りをして、やっと跨げる所で先に進みました。

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 雨が多かったせいか、いつもならあまり水の流れていない沢もたっぷりと水が流れていました。

 こんなに天気がいいのに人っ子一人出会いません。涼しい風に助けられて荒山高原の少し手前にある「芝の広場」に着きました。

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「芝の広場」

 そこでやっと今日初めての登山者と出会いました。これから荒山へ行くと言っていました。私達は「芝の広場」で休憩をとり、往路下山です。矢張り松林のところは根っこの段差が厳しく、かなり注意をして歩きました。
 大分降りてきたでしょうか。がけ崩れのような場所がありました。よーく見るとけもの道のようです。そういえば以前このあたりでニホンカモシカを見ました。もしかしたら、ニホンカモシカが歩いた跡かもしれません。急な崖に沿ってきた道を戻りほどなく最後のところに差し掛かった時、今日2度目の登山者に会いました。日曜なのに出会う人が少なかったです。

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オオカメノキの実
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芳ヶ平湿原 [日々散策]

谷 和代

以前から気になっていた芳ヶ平湿原に行ってきました。
尾瀬より小さい鬼怒沼よりさらに小さい可愛い湿原でした。

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湿原入口

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芳ヶ平

それでも、オヤマリンドウ、アキノキリンソウ、ハンゴウソウ、コバノギボウシ、アカモノ、イワショウブ、ヤナギラン等の花が楽しめました。

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アキノキリンソウとオヤマリンドウ

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イワショウブ

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ヤナギラン


コケモモの実、クロマメノキの実、アカモノの実にナナカマドも色づき始めていました。

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アカモノ

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シラタマの実




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カヤの平湿原 [日々散策]

伊達樹里

7月12、13日グリーンサークルの自然観察会に参加しました。
1日目はカヤの平北ドブ湿原、2日目は南ドブ湿原でした。
カヤの平のブナはまっすぐな幹でした。
梅雨明け前でしたが、行動中は雨も落ちず、ラッキーでした。

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講師の先生の説明を聞いています

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コケイラン

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マイヅルソウ

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ヒオウギアヤメ

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タテヤマリンドウ(中央)とワタスゲ

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ハクサンチドリ

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ニッコウキスゲ

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ギョウジャニンニクの花

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南ドブ湿原全景

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ズダヤクシュ

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サンカヨウ

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オクヤマコウモリ


駒のつく神社を訪ねる(8)~駒木野神社 [日々散策]

北村健治

 青梅市駒木町2丁目452番地(標高225m)に鎮座するこの神社は、創建年代は不詳ながら、稲荷熊野社と称していたとの伝えもあり、村社に列格したとのことである。
 祭神は倉稲魂命。本殿は1687(貞喬4)年11月造営、1889(明治22)年に字仙戸に鎮座されていたが、吉野街道の改修に伴い、現在地に遷し、稲荷神社と改め、後に駒木野神社と改称した。1916(大正5)年調布村は山林一町九反六畝十五歩を寄進して崇敬の意を表した。祭礼は4月3日であった。〔以上は、東京都神社名鑑などを資料とした青梅市史による〕
 新編武蔵風土記には、「年貢地、小名中嶋にあり。是も小社にして上屋を立つ、以上の2社は村の鎮守なり、例祭は6月15日、9月19日の両日に行へり、百姓の持なり」とある。
 現在の祭礼は9月15日、境内面積は211坪(696㎡)。

駒木野神社アルバム(2017年7月4日)

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門前より、一の鳥居(神明鳥居)と山車庫

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二の鳥居より、檜・杉の木立に拝殿を望む

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125の石段を上ると左右の狐(石)像が迎える

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後を振り向くと二の鳥居・一の鳥居が見える

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拝殿の奥に神明造りの本殿

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拝殿の奥に本殿の内部を拝む

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拝殿天井に大鈴

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境内から青梅市駒木町一帯を望む

 駒木野の由来は、昔村民が絹をおおって馬をとらえ、鎌倉将軍家へ献上したところ、それが世に聞こえる駿馬であったことから、村名を駒絹とし、のち駒木野としたという。村の近くに馬牽(引)沢の地があることから、馬に基づく地名であることは間違いなかろう〔新編武蔵による〕。
 駒木野は中世戦国期にすでに見える地名である。1889(明治22)年から1968(昭和43)年までの大字名であり、はじめ調布村、1951(昭和26)年からは青梅市の大字名となる。
 1968(昭和43)現行の青梅市駒木町1・2・3丁目となった。〔以上は、「角川日本地名大辞典⑬東京都」による〕

 さて、この神社へは、JR青梅駅(標高198m)から直線にすると南南西へ1.4㎞であるが、多摩川をどこで渡るかでかなり距離が替わってくる。歩道橋である鮎見橋(標高150m)と柳淵橋(標高153m)いずれかを渡れば、30~40分で十分歩ける。下流の調布橋(標高170m)か上流の万年橋(標高170m)を廻っても3~4時間くらいのハイキングコースとしても歩くこともできる。青梅市には多摩川にかかる橋もたくさんあるので、橋を巡って楽しむこともできる。

参考資料:
『青梅市史』平成7 (1995)年、 青梅市。
『角川日本地名大辞典13東京都』昭和53(1978)年10月27日、角川書店。





「山へ!to the mountains」 展 [日々散策]

田口計介

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7月21日、「山へ!to the mountains」 展(世田谷文学館)へ出かけた。
相変わらず、この種の展覧会は深田久弥が主役。
彼が選んだ百名山を目指した、達成した方々には恐縮だがいささか鼻につく。
企画者の貧困か。

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一流の写真家が撮った、モノクロの山の写真が良い。
 白川義員 八甲田(1956年)、燕岳(1969年)の2点
 田淵行男 朝の奥穂高(1928年)、裏剣(1954年)など12点
 白旗史朗 冬山の午後(11962年)など5点

昨年死去した田部井淳子さんのコーナーもある。
彼女の生年が私と同じく1939年だったとは、初めて知った。
何一つ彼女に勝るものはないが、「生」だけは勝ったようだ。

次に「ボストンの至宝」展(東京都美術館)を覗いた。
私の大好きなクロード・モネの「水連」が1点ある。
「幻の巨大涅槃図、奇跡の里帰り」と宣伝している英一蝶の「涅槃図」が良い。
宣伝の通りである、私は東南アジアや中国で沢山の「釈迦の涅槃」の塑像、
彫像や各種の絵画を見ているが、日本にもこんなに誇れる作品があったとは。
明治の初期のころ、とにかく現金が欲しいとの状況でどこかの寺院が売却したのであろう。
悔やまれることだ。   
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徳和渓谷の滝巡り [日々散策]

谷 和代

7月19日、涼を求めて徳和渓谷に行ってきました。
徳和渓谷は乾徳山登山口の先にあります。

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案内図

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夢窓の滝

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荒神の滝

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愛染の滝

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乾門の滝

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白虎の滝

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長尾の滝

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竜神の滝

どれも、余り大きな滝ではありませんが、森林浴と涼しさを堪能しました。

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ヤマユリ

駒のつく神社を訪ねる(7)~浅草寺・駒形堂 [日々散策]

北村健治

 台東区に駒形、墨田区に東駒形の町名があり、境を流れる隅田川には昔の船着場、渡船場「駒形の渡し」に代わって隅田川十三橋の一つ「駒形橋」〔1929(昭和4年)架創:長さ146.27m、幅25.2mの鋼橋で戦後に改修された〕が架かっている。

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駒形橋の由来記(駒形堂の前にある)

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駒形橋西詰北側(「こまがたはし」とある)

 この橋の西詰北側〔雷門二丁目駒形公園内〕に堤防を背にして西向きに立派な「駒形堂」が建てられている。

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浅草寺駒形堂

 西詰南側の歩道脇には江戸期の駒形界隈の情景を描いたレリーフや由来記がある。

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駒形橋西詰南側

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駒形堂の由来記

 駒形(こまがた):寛文(1640年代)江戸図には「こまがた丁」と記されていること、馬頭観世音像を納めた駒形堂による。①川面から見える堂の形が「駒が駆けているように見えた」ことにより「駒かけ」が「駒がた」に転化した(江戸名所記)、②寄進された絵馬を掛ける駒掛け堂の駒掛けから駒がたに転化した(燕石雑記)、③箱根から駒形神を勧請したお堂である(地名辞書)の三説がある。また、初代広重は吉原遊女の恋慕の句「君はいま駒形あたりほととぎず」に因み、「名所江戸百景」に駒形堂の空にホトトギスを配している。

 駒形堂、駒形橋への交通の最寄り駅は、浅草寺玄関である東武浅草駅から5分、地下鉄銀座線・浅草線浅草(雷門)駅から2~3分、駒形橋北詰交差点を一巡りしても、20~30分もあれば回れる。駒形公園:駒形堂境内には、わずかな植樹もあり、句碑・記念碑(由来記)などもいくつか保存されている。

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駒形公園に駒形堂はある

 地名としての駒形は、江戸期から明治初年まで駒形町が使われ(町方書上)、1868(明治元)年東京府、1872(明治5)年浅草駒形町となり(府志料)、1878(明治11)年浅草区に所属、1934(昭和9)年以来浅草駒形1・2丁目、1947(昭和22)年台東区に所属浅草駒形、1964(昭和39)年以降駒形1・2丁目となる。東駒形は町名として1947(昭和22)年本所区に、1966(昭和41)年台東区に所属し、東駒形1・2・3・4丁目としても使われ、またバス停や首都高速道インター、パーキングなどにも広く使われている。老舗「駒形どぜう」もある。

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地下鉄出口案内板にも駒・馬の文字

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案内地図にも駒の字が読める

 参考資料:『角川日本地名大辞典13 東京都』角川書店(1953年)
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