So-net無料ブログ作成

カヤの平湿原 [日々散策]

伊達樹里

7月12、13日グリーンサークルの自然観察会に参加しました。
1日目はカヤの平北ドブ湿原、2日目は南ドブ湿原でした。
カヤの平のブナはまっすぐな幹でした。
梅雨明け前でしたが、行動中は雨も落ちず、ラッキーでした。

DSCN1895.JPG
講師の先生の説明を聞いています

DSCN1901[1].jpg
コケイラン

DSCN1906[1].jpg
マイヅルソウ

DSCN1919[1].jpg
ヒオウギアヤメ

DSCN1923[1].jpg
タテヤマリンドウ(中央)とワタスゲ

DSCN1924[1].jpg
ハクサンチドリ

DSCN1928.JPG
ニッコウキスゲ

DSCN1932.JPG
ギョウジャニンニクの花

DSCN1942.JPG
南ドブ湿原全景

DSCN1951.jpg
ズダヤクシュ

DSCN1964.jpg
サンカヨウ

DSCN1987.jpg
オクヤマコウモリ


駒ノ鞍 [登山報告]

木本桂春

7月19日、空を見ると空の青さに力がありそうです。計画していた駒ノ鞍へ行くことにした。この山は乗鞍岳から岐阜県側に伸びる長大な千町尾根上にあり、下から登るか、上から下って登るか、その場合の下山をどうするか、自分の体力、気力と相談した結果、乗鞍岳を越え駒ノ鞍に達し往復することにした。

午後に家を出て、スカイラインの最終バスで肩の小屋入り。

グラフィックス8.png
小屋から夕暮れの乗鞍岳
 
午前2時、暗闇の道を頂上へ、千町尾根の下り口が岩場でうまく降りることが出来ず、ヘッドランプをたよりにゆっくりとヤット降りる。4時少し明るくなる。5時15分、ふり返ると頂上の右手から陽が射してくれた。

グラフィックス9.png
日の出

グラフィックス10.png
左前方に御岳、前方の雲海上に影乗鞍が浮かぶ。元気が出てくる。

グラフィックス11.png
緩やかな尾根を下り続ける、右手に笠ヶ岳が見えてきた。黒部五郎岳もその左に見える。

グラフィックス12.png
這松帯の中の道を行く吾の影。

尾根は2500m付近から下り始める。笹と雑木の藪に突入。1時間も歩いたであろうか、木道があらわれ、しばらくすると奥千町避難小屋が湿原の中にあらわれた。

グラフィックス13.png
奥千町避難小屋

小屋からオオシラビソの樹林の中を下ると、鞍部に湿原があらわれ、その水面に乗鞍岳の山容が浮かんでいた。

グラフィックス14.png
逆さ乗鞍岳

ここから駒ノ鞍の山頂へ登る。山道は頂上を通っていないので、高みを目指して、登った。
グラフィックス15.png
道なきルート

何の展望も得られなかったが、満足だった。陽はすでに頭上にあった。ここから標高700m距離6kmの登山にかかる。しかし、登る道中にはすぐそばに高山の花々、先人が信仰のために上げた石仏の多くと出会える。それも誰もいない吾の一人占めがいい。

グラフィックス16.png
ニッコウキスゲ

グラフィックス17.png
馬頭観音が静かに見ていてくれた。千町から大日岳まで88体の石仏が担ぎ上げられ、高山植物の中で見守ってくれた。

グラフィックス18.png
チングルマイワカガミ。その他沢山。

グラフィックス19.png
乗鞍岳の直下。岩陰に咲く、駒草

11時間、人ひとりも見ることなく、頂上に戻った。
午後の陽は時々流れてくる霧が涼やかで、老体を守ってくれた。
老残には試練の山であったが嬉しかった。

グラフィックス20.png
乗鞍岳頂上の夏の雲と空

グラフィックス21.png
眼下の権現池の水のあおさよ。

雨の間隙をぬっての登山。しかし、この後再び雨が降り出す。7月最後の週末も小雨が降っている。

鵯峰(ひよどりみね) [登山報告]

木本桂春

◆7月は天候が落ち着かず、いまだ梅雨明けならず。
7月のはじめ連日の大雨に黒部川は例年通り、宇奈月の上流2つのダムの連携排砂と称してダムに溜った土砂、木等を流すために、ちょっとした人的洪水を興します。
           
平常時は貧相な流れの黒部川は濁流となり、一直線に富山湾へ。富山湾は濁り湾と化します。濁りは黒部源流の名山の八千八谷から削られたものです。

グラフィックス1.png
宇奈月温泉の下流、愛本橋付近の状況です。

◆1週間置いて宇奈月の上流の黒部峡谷北又谷へ入渓です。

グラフィックス2.png  
朝霧の北又谷、気持ちの良い青嵐が吹きます。

グラフィックス3.png           
前方に見えるのが猫又山です。
左方向の奥深く、白馬岳(上ノ駒ヶ岳)があります。江戸時代の奥山廻役がこのルートを登り、信州国境の山々をパトロールしました。
今日は岩魚釣りです。尺もの4、5匹。

◆今年の干支の酉の山登り、今月は鵯峰に行きました。
早朝に出て、姫川上流根知谷出合からの2つの駒ヶ岳です。

グラフィックス4.png
根知谷の奥には糸魚川駒ヶ岳です。

グラフィックス5.png
姫川上流には白馬岳(上ノ駒ヶ岳)です。

鵯峰は栂池高原に近い所にあります。林道はゲートがあり通れず。ゴンドラで途中の栂の森まで行き、そこから登ります。

グラフィックス6.png
ゴンドラから見た、鵯峰です。右手方向のスキー場から登ります。地図をしっかり読みながら、生い茂った雑草をかきわけ進みます。

グラフィックス7.png
頂上には朽ち果てた木のベンチが一つ。ガスで何も見えません。それでも帰りに根曲がり竹の筍20本ほど採り、天ぷらと味噌汁でいただきました。

駒のつく神社を訪ねる(8)~駒木野神社 [日々散策]

北村健治

 青梅市駒木町2丁目452番地(標高225m)に鎮座するこの神社は、創建年代は不詳ながら、稲荷熊野社と称していたとの伝えもあり、村社に列格したとのことである。
 祭神は倉稲魂命。本殿は1687(貞喬4)年11月造営、1889(明治22)年に字仙戸に鎮座されていたが、吉野街道の改修に伴い、現在地に遷し、稲荷神社と改め、後に駒木野神社と改称した。1916(大正5)年調布村は山林一町九反六畝十五歩を寄進して崇敬の意を表した。祭礼は4月3日であった。〔以上は、東京都神社名鑑などを資料とした青梅市史による〕
 新編武蔵風土記には、「年貢地、小名中嶋にあり。是も小社にして上屋を立つ、以上の2社は村の鎮守なり、例祭は6月15日、9月19日の両日に行へり、百姓の持なり」とある。
 現在の祭礼は9月15日、境内面積は211坪(696㎡)。

駒木野神社アルバム(2017年7月4日)

グラフィックス1.png
門前より、一の鳥居(神明鳥居)と山車庫

グラフィックス2.png
二の鳥居より、檜・杉の木立に拝殿を望む

グラフィックス3.png
125の石段を上ると左右の狐(石)像が迎える

グラフィックス4.png
後を振り向くと二の鳥居・一の鳥居が見える

グラフィックス5.png
拝殿の奥に神明造りの本殿

グラフィックス6.png
拝殿の奥に本殿の内部を拝む

グラフィックス7.png
拝殿天井に大鈴

グラフィックス8.png
境内から青梅市駒木町一帯を望む

 駒木野の由来は、昔村民が絹をおおって馬をとらえ、鎌倉将軍家へ献上したところ、それが世に聞こえる駿馬であったことから、村名を駒絹とし、のち駒木野としたという。村の近くに馬牽(引)沢の地があることから、馬に基づく地名であることは間違いなかろう〔新編武蔵による〕。
 駒木野は中世戦国期にすでに見える地名である。1889(明治22)年から1968(昭和43)年までの大字名であり、はじめ調布村、1951(昭和26)年からは青梅市の大字名となる。
 1968(昭和43)現行の青梅市駒木町1・2・3丁目となった。〔以上は、「角川日本地名大辞典⑬東京都」による〕

 さて、この神社へは、JR青梅駅(標高198m)から直線にすると南南西へ1.4㎞であるが、多摩川をどこで渡るかでかなり距離が替わってくる。歩道橋である鮎見橋(標高150m)と柳淵橋(標高153m)いずれかを渡れば、30~40分で十分歩ける。下流の調布橋(標高170m)か上流の万年橋(標高170m)を廻っても3~4時間くらいのハイキングコースとしても歩くこともできる。青梅市には多摩川にかかる橋もたくさんあるので、橋を巡って楽しむこともできる。

参考資料:
『青梅市史』平成7 (1995)年、 青梅市。
『角川日本地名大辞典13東京都』昭和53(1978)年10月27日、角川書店。





菅江真澄の北海道の旅『ひろめかり』 [会員連絡]

清水川修

7月23日は3時から起きてパソコンとテレビのニュースを見ていました。
福岡と同じ気象現象だと思いますが、秋田では大洪水、大土石流になる直前で雨がやみ、死者行方不明者も出ないで済みました。
大雪慣れはしていますが大雨には慣れていない県民です。
平成16年でしたか新潟で大雨が降ったことがあり、どこでも起こる現象だと思っています。
今年は私が雨男になってしまい、太平山に荷揚げ草刈りに行けば消防自動車の放水を受けているようなひどい目ばかりにあっています。

8月1日は菅江真澄研究会(会長:小笹鉄文)の学習会で、「菅江真澄・北海道の旅(第3回)」として、菅江真澄の北海道の旅『ひろめかり』(注)の図絵を中心にお話します。

注:『ひろめかり』ひろめとは昆布のこと。
寛政1年 (1789)に菅江真澄が昆布業見学に道南を歩いたときの記録。

37c0aaa0.jpg

0e7d09f8.jpg
『ひろめかり』から

なかなか駒ヶ岳の行事に参加できませんが、
今年は山伏はやめて、南アルプスあたりに行こうと思っています。

秋田市はすでにピンクの萩が咲き出しました。


甲斐駒の麓より 2017-07-27 [山麓便り]

平井英明

先週末の甲斐駒定点報告です。

日本列島は異常気象(当たり前になりつつある現象?)に見舞われ、
各地で大きな被害が出ています。

一方、山梨は日照り続きの梅雨時期から、梅雨明けに雨模様と、
やっと一息つくことができました。

トウモロコシ.jpg
トウモロコシ

甲斐駒は姿を見せたり見せなかったりですが、麓では子供らの元気な姿を見ることができました。

甲斐駒の里.jpg
甲斐駒の里

夏を通り過ぎて秋を感じる花も咲き出しました。

コスモス.jpg
コスモス

ダリアも何種類か咲き誇っています。

ダリア1.jpg
ダリア

ダリア3.jpg
ダリア

八ヶ岳周辺は湧水が多く、その一つ「八衛門出口」を紹介します。
我が家のお茶、コーヒ ー、炊飯にも利用している水です。

八衛門出口.jpg
八衛門出口湧水

八衛門出口2.jpg
八衛門出口湧水の説明板

駒ヶ根だより 2017-07-26 [山麓便り]

北村健治

7月20日~25日と駒ヶ根滞在でした。
6日間中アの山々は雲に覆われてほとんど姿を見せませんでしたが、夕刻になると、
千畳敷ホテルの灯りがちらちらと見えていました。

20日は、6時30分青梅を出発して、杖突峠で守屋山東峰まで約2時間30分ほどの散策(植物観察)をして、午後から伊那市長谷公民館へ出向いた。

DSCN2304編.JPG
ウツボクサ(守屋山)

DSCN2319編.JPG
キバナノヤマオダマキ(守屋山)

21日は、9時長谷公民館に集合で「戸台の化石」保存会・研修会(学習会準備会)。国交省事務所・長谷総合支所から各2名と関係者10名ほど。
学習会で入山する化石産出地への山道整備や露頭からの化石産出状態の確認作業などを実施。
午後は公民館でその後片付けなど、夕刻まで作業。

22日は、午前中は駒ヶ根の山家で野良生活(草刈り、根菜類の手入れなど)。
午後は伊那市長谷公民館の「戸台の化石」資料室で作業などで過す。

DSCN2347編.JPG
駒ヶ根山家からガスに覆われている中ア・宝剣岳

23日は、駒ヶ根の山家で、終日野良クラ生活、夕刻から兄姉と交流会。

24日は、5時起床、南割公園散策(ハチョウトンボの観察)。
午前中は駒ヶ根の山家で野良生活(草刈り、根菜類の手入れなど)。
午後は伊那市長谷公民館の「戸台の化石」資料室で作業。
夕刻(17~20時)伊那市創造館で「上伊那誌」編集委員会。

DSCN2391編.JPG
キツリフネソウ(駒ヶ根山家周辺の里山)

DSCN2364編.JPG
ハッチョウトンボ(駒ヶ根市赤穂南割公園)

25日は、5時起床、南割公園再度散策〔ハチョウトンボの観察)。周辺での植物観
察。
DSCN2419編.JPG
ユウガギク(白花の野菊、駒ヶ根山家)

8時30分には伊那市長谷公民館へ出向き、9時から伊那市西春近南小学校6年生28名+付き添い3名の「戸台の化石」学習会、14時30分終了。

P7250006.jpg
伊那市西春近南小学校6年生の化石採集の様子

夕刻まで後片付けなど、夜半に青梅に帰宅。


雄物川氾濫 [会員連絡]

小笹鉄文

雄物川が大仙市内で氾濫し、広大な面積が水没しました。
秋田市内でも太平山を水源とする太平川が増水し、秋田駅東側の住宅地が浸水しました。
秋田新幹線が不通となっており、今月中の復旧を目指しています。
早期の復旧を願っております。
私は元気で過ごしております。天気が安定したら、太平山登山を再開します。

西駒中学校登山に思う [会員連絡]

北村健治

事務局からのメールが、上伊那地方の中学生の中央アルプスの主峰・駒ヶ岳登山を知らせている。
また、今年も時節到来である。 
1956年の学校登山は、やっぱり懐かしい思い出である。
予備登山に合格、この日を待った。
菅の台の切り石公園から出発、北御所コースを歩いて前岳分岐点から千畳敷カールを目指し、初代のホテル(二棟の木造小屋)に到着。
翌朝本岳頂上登頂、中岳、宝剣岳、天狗岩などを制覇して、前岳経由で無事下山。
赤穂中学は10クラスで3班編制の1泊2日で4日を使ってのイベントであった。
すでに通信でも書きましたが、高山植物を夢中で覚えたことも60年前のことになりました。

「山へ!to the mountains」 展 [日々散策]

田口計介

8f3279b889ab54096c860b1bbc221efe.jpg

7月21日、「山へ!to the mountains」 展(世田谷文学館)へ出かけた。
相変わらず、この種の展覧会は深田久弥が主役。
彼が選んだ百名山を目指した、達成した方々には恐縮だがいささか鼻につく。
企画者の貧困か。

937707b65fee354571c28892646d7be4.jpg

一流の写真家が撮った、モノクロの山の写真が良い。
 白川義員 八甲田(1956年)、燕岳(1969年)の2点
 田淵行男 朝の奥穂高(1928年)、裏剣(1954年)など12点
 白旗史朗 冬山の午後(11962年)など5点

昨年死去した田部井淳子さんのコーナーもある。
彼女の生年が私と同じく1939年だったとは、初めて知った。
何一つ彼女に勝るものはないが、「生」だけは勝ったようだ。

次に「ボストンの至宝」展(東京都美術館)を覗いた。
私の大好きなクロード・モネの「水連」が1点ある。
「幻の巨大涅槃図、奇跡の里帰り」と宣伝している英一蝶の「涅槃図」が良い。
宣伝の通りである、私は東南アジアや中国で沢山の「釈迦の涅槃」の塑像、
彫像や各種の絵画を見ているが、日本にもこんなに誇れる作品があったとは。
明治の初期のころ、とにかく現金が欲しいとの状況でどこかの寺院が売却したのであろう。
悔やまれることだ。   
YhwNEuJyKXdK8k9obZdoWIYwrmsD6dDAK7B1Mol994Do8iWV7RyENiShNiQ8aeIk.jpg